札幌市 歷史スポット介紹10選
最新札幌市介紹
札幌市(さっぽろし)は、北海道の道央地方に位置し、石狩振興局に属する北海道最大の都市。道庁所在地にして石狩振興局所在地でもあり、北海道の行政・経済・文化の中心地となっている。北海道最大の人口(約196万人)を有する政令指定都市である。日本最北の政令指定都市であり、全国の市の中でも横浜市、大阪市、名古屋市に次ぐ4番目の人口を有しており、北海道全体の人口の約4割弱(約37%)を占めている。北海道のプライメイトシティであり、札幌都市圏を形成している。 アイヌの人々が暮らしていた蝦夷地は1869年(明治2年)に北海道と改称され開拓使が置かれて札幌本府の建設が始まった。1875年(明治8年)に最初の屯田兵が入植。札幌の建設計画は当時の開拓判官島義勇によって構想され、京都を参考にした街づくりは創成橋東側のたもとを基点に東西の基軸を創成川、南北の基軸を渡島通(現在の南1条通)として区画割を進めていった(現在の南北の基軸は大通公園)。このため、中心部の多くは街並みが碁盤の目状になっている。その後、周辺町村を編入・合併して市域を拡大していった。
札幌市歴史介紹
江戸時代の札幌は「サツホロ」または「シヤツホロ」と呼ばれ、西蝦夷地イシカリ場所に属した。当時のサツホロは、サッ・ポロ・ペッ(アイヌ語で乾いた大きな川・乾く広い川の意。現在の豊平川)流域を指したが、当時の流路は現在の豊平橋付近から現在の伏籠川の流路をたどり、篠路川沿いに茨戸で茨戸川(旧石狩川)に注ぎ込むものであった。狭義でのサツホロは茨戸川河口部(現茨戸付近)を指し、サツホロブト(サッポロ川の合流点)とも呼ばれた。1669年(寛文9年)のシャクシャイン蜂起時に津軽藩の牧只右衛門が記した『石狩地形の事』には、「石狩浜口より一里程登り候て、はつはやふより二里程登候てさつほろと申所に狄有。さつほろの枝川に竪穴半里計の沼御座候」という記述があり、サッポロベツにアイヌの住人がおり、サッポロベツの支流に沼(モエレ沼か)があったことが伺える。
札幌市スポーツ介紹
平岸霊園内の栄誉市民霊域には、橋本、高岡、板垣の墓所がある。(出典:ウィキペディア 札幌市)
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